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1. ハイスタとは何だったのか?
90年代、まだインターネットが普及しきっていない時代に、彼らは「口コミ」と「DIY」だけでシーンの頂点に立ちました。
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音楽性: 速いテンポに極上のメロディを乗せた「メロディック・ハードコア(通称:メロコア)」。
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歴史的快挙: アルバム『MAKING THE ROAD』がインディーズながら国内外で100万枚以上のセールスを記録。これは当時の日本の音楽業界における「事件」でした。
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DIY精神: 自分たちのレーベル「PIZZA OF DEATH RECORDS」を設立し、既存のシステムに頼らず、自分たちの鳴らしたい音、見せたい景色を自分たちで作り上げました。
結成時のメンバー(4人編成)
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難波 章浩(ベース / ボーカル)
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横山 健(ギター / コーラス)
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恒岡 章(ドラム)
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松本 剛(ボーカル)
知る人ぞ知る初期のエピソード
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ボーカルがいた! 1991年の結成当初は、松本剛(まつもと つよし)さんがメインボーカルを務める4人編成でした。
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脱退とスリーピースへの移行 結成から約1年後の1992年に松本さんが脱退。その後、新しいボーカルを探すのではなく、ベースの難波さんがメインボーカルを兼任する現在の「スリーピース・バンド」のスタイルになりました。
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幻の音源 松本さんが在籍していた頃の音源は、デモテープ『Hi-STANDARD』などで聴くことができます。今のハイスタとはまた違った、より初期衝動の強いパンクサウンドが特徴です。
2. 唯一無二のトライアングル:メンバープロフィール
ハイスタの凄さは、個性の塊であるこの3人の絆にあります。
難波 章浩(ベース / ボーカル)
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役割: フロントマンとして圧倒的なカリスマ性を放つ。
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特徴: 高音で突き抜けるような歌声と、感情をストレートにぶつけるライブパフォーマンス。
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エピソード: 震災後、健さんに「ハイスタやろう」と最初に声をかけた情熱の人。ソロプロジェクトや「NAMBA69」での活動でも、常にパンク精神を体現し続けています。
横山 健(ギター / ボーカル)
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役割: 作曲の要であり、日本のギターヒーロー。
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特徴: キャッチーなフレーズからテクニカルなソロまでこなす。
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エピソード: 「PIZZA OF DEATH RECORDS」の社長。ハイスタ休止中も自身のバンド「Ken Yokoyama」で日本のパンクシーンを支え続けました。非常に思慮深く、その言葉一つひとつがファンに強い影響を与えています。
恒岡 章(ドラム)
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役割: ハイスタのサウンドを根底から支える、天才的ドラマー。
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特徴: 正確無比でありながら、独特の「タメ」や躍動感があるビート。多くのドラマーが「ツネさんのドラムは真似できない」と語ります。
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エピソード: 2023年2月に急逝。あまりに悲しい別れでしたが、彼が残したビートは今も多くの楽曲の中で生き続けています。
3. 「暗黒期」と「奇跡の再始動」
ハイスタを語る上で欠かせないのが、2000年の活動休止から2011年の復活までの物語です。
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空白の11年: メンバー間の確執や体調の問題で、長らく音信不通に近い状態が続きました。
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2011年「届け!!!」: 東日本大震災後、難波さんのツイートをきっかけに電撃復活。幕張メッセで開催された「AIR JAM 2011」で3人がステージに立った瞬間、日本のパンクファンは涙しました。
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そして現在: ツネさんの死という大きな喪失を乗り越え、現在はサポートドラマーとしてZAX(The BONEZ / Pay money To my Pain)を迎え、新体制でツアーを行うなど「ハイスタは終わらない」ことを証明し続けています。
4. 最後に:なぜ今、ハイスタなのか?
彼らが歌うのは、友情、自由、そして「自分たちの道は自分で作る」というシンプルな意志です。 デジタル全盛の今だからこそ、あの泥臭くて、真っ直ぐで、爆音の中に優しさがあるハイスタの音が、世代を超えて響くのかもしれません。
「STAY GOLD(いつまでも輝き続けてくれ)」
この歌詞は、彼ら自身に向けられた言葉であり、彼らを愛する私たちへのエールでもあります。
今回私が、ハイスタを知ったのは YAHHO!ニュースの
「小1息子がママの“推しバンド”Tシャツで登校→担任から連絡帳」
推しバンド?何?と気になって・・・。正直初めてハイスタを知りました。
「口コミ」と「DIY」だけでシーンの頂点に上り詰めた彼らの曲。
今は手軽に曲も聞くことができるので、聞きます。何かパワーがもらえる気がします。

